鹿児島の思い出とおばあちゃん

私は大阪生まれの大阪育ちですが、ルーツは鹿児島です。
そう、天璋院篤姫の故郷“薩摩”です。
幼い頃、何回か両親に連れられて田舎へ行きました。
印象に残っているのは、桜島の噴火です。
錦江湾で遊んでいると、『ボン!』という音と共に噴火して、モクモクと煙が上がっていきました。
お腹にずしんとくる音で何事かと、とても驚いたのを憶えています。
後は、夜の噴火。
祖父母の家の庭から眺めると、暗い夜空にそこだけが明るく照らされて、噴火の火花がまるで花火のようで、幻想的な光景でした。
又別の日には、車で移動中に噴火があって、噴火で飛んできた小石(溶岩?)が車の屋根に当たってコンコン音がしたこともありました。
市電に乗れば、窓が開いていたせいで、桜島の灰が入り込んで、座席に積もっていたこともありました。
お墓に行けば、灰を防ぐ為に、屋根がついていました。
両親は、桜島の灰が嫌で、大阪に出てきたと話していました。(それだけが理由ではありませんが…)


息子が2歳の時に、両親や妹夫婦達と田舎へ行きました。
丁度8月の事でです。
従兄の運転する車で武家屋敷に連れて行ってもらいました。
武家屋敷の雨戸がくるっと回転して向きを変えたり、回転させる為にある棒を外すと武器に変身したり、とても興味深かったです。
又、知覧の特攻隊の記念館では、若くして国の為に出撃していった少年兵達の写真や手紙を見ると、とても切なくなりました。
もう、絶対、二度と、戦争なんておこしてはならないと強く思いました。
池田湖では、大きな鰻に息子が目を丸くしていました。
当時、母方の祖母が健在で、曾孫にあたる息子を会わせることができました。
大阪へ帰る日、空港まで見送りに来てくれた祖母は、もう、会えないだろうと涙ぐみました。
「おばあちゃん、そんな事はないよ。又きっと会えるよ」
と言いましたが、結局、祖母とはそれが最後となりました。